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大会小史

大会(開催日)
プログラム表紙
イベント
第一回 (1987-6-14)

大倉(どんぐりハウス下)をスタートし、走路を5区間に分けて、大倉尾根と鍋割山稜を経て、鍋割山荘へゴール。32チームの参加にて開催。飲料水をボッカの負荷とし、10Kg・20Kg・40kgの3クラスで競技した。

当時ゴールの鍋割山荘前に第一位で駆け込む選手
第二回 (1988-6-5)  
第三回 (1989-6-4)

ストップウォッチ操作(動作)不良のため区間賞なし。

第四回 (1990-6-3)

ボッカの負荷が袋入り砂利に改められ、エキシビジョンの60kgクラスが加わり、10Kg(女子)・20Kg(男子)・20Kg(女子)・40kgの5クラスで競技した。
しかし、60kgクラスは今回限りの実施となった。

第五回 (1991-6-2)

実行委員会制の大会運営へ移行。
参加100チームを超える。
女子・中学・一般混合チームの参加のためオープンクラスを設定した。

第六回 (1992-6-7)

30Kgクラス、中学生(10Kg)クラス、小学生(5Kg)クラス廃止。

第七回 (1993-6-6)

高校生クラス(10Kg女子、20Kg男子)が加わり、20Kg(女子)とともに、これらのゴールを花立山荘前とした。

第八回 (1994-6-5)

一般男子10Kg参加をオープンクラスとした。

第九回 (1995-6-4)

 

第十回 (1996-6-2)

全参加が歴代最高の116チームを数える。

スタートの士気を鼓舞する太鼓とアルペンホルン
第十一回 (1997-6-1)

 

第十二回 (1998-5-31)

神奈川県山岳連盟主催の運営へ移行。第10回と第11回大会で行われなかった女子20Kgクラスが復活、このゴールを鍋割山荘まで延長とした。女子20Kgクラスは今回限りの実施となった。

かながわゆめ国体の開催を控え、興奮の中のスタート
第十三回 (1999-6-6)

スタートを大倉・パークセンター前へ移行。
全クラスのゴールを花立山荘前とした。

第十四回 (2000-6-4)

参加チーム数が前年比を下回る。

変わらぬ闘志のスタートと、二区中継所の役員のサポート
第十五回 (2001-6-3)

 

第十六回 (2002-6-2)

神奈川県山岳連盟から実行委員会の主催へ移行、秦野市からの支援受け運営。

第十七回 (2003-6-3)

参加50チームでの開催。

第十八回 (2004-6-6)

丹沢まつり関連行事として運営。

雨中の開催にも関わらず、元気なスタートと、表彰を受ける女子選手
第十九回 (2005-6-5)

 

第二十回 (2006-6-4)

 

第二十一回 (2007-6-4)

付帯行事に国土交通省の全国身近な水環境調査に参加を加える。
Aクラス、2区と3区で新記録を達成。

記念撮影に集まった選手の皆さん
第二十二回 (2008-6-1)

 

記念撮影に集まった選手の皆さん
第二十三回 (2009-6-7)

参加91チームに増加。
大会後の登山道補修の出場チームが初参加。

記念撮影に集まった選手の皆さん
第二十四回 (2010-6-6)

参加110チームに。

記念撮影に集まった選手の皆さん
第二十五回記念大会 (2011-6-5)

東日本大震災の早期復興を願って「頑張ろう日本」を合言葉に実施。

記念撮影に集まった選手の皆さん
第二十六回 (2012-6-3)

120チーム受付、112チーム出走、111チーム完走。

記念撮影に集まった選手の皆さん
第二十七回 (2013-6-2)